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主観という客観性

立春となり急に暖かくなりましたなー

この調子で夏まっしぐら。YFです。

今回も少し疑問に思うことを一つ。

物事を論ずるとき、主観的と客観的という言葉はかならず脳裏をよぎります。

これは、客観的に存在する「物」をじぶんの「意識」が認識する過程で生まれるもので。

私はこれを主客二元論だと理解しています。※解釈が違ったらどうしようかね。

ただ、私の生きる社会はその性質上、あらゆる事象が客観的なもので成り立っています。

社会規範や普遍的な教育は、まさにその象徴とも捉えることが出来ます。

お互いに干渉しあい、互いの意識が中和することで関係が成り立っているのだとしたら、

私たちの主観というものが存在するのか怪しいものです。

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